溶解大陸

アニメの感想とか書きたいなあ

【創作】煩わしい訪問客

エロゲーをプレイしようと思ったら面倒なことに巻き込まれた大学生の話です

(約10000文字)

 

「煩わしい訪問客」

 

金曜日の夜10時。無限にも思える大学の講義から解放された俺は、飯を食べ終え、新作エロゲのパッケージを開けていた。最高の時間だ。土日を目の前にして、前々から予約していたエロゲを始めることほど心躍ることはない。そこそこの地方国立大に入学し、それから一人暮らしを始めて3年。俺はこの時間だけを楽しみにして日々を過ごしていた。

 パッケージからDVDを慎重に取り出し、PCへ挿入する。数秒の遅延を経て、エロゲのタイトル画面がディスプレイに浮かぶ。

 

俺はその光景に満足して頷くと、席を立ち、部屋にある冷蔵庫から缶ビールを取ってきた。

二十歳の誕生日を迎えて以来、コンビニで買った酒を飲みながらエロゲをやるのが俺の習慣になっていた。大人として認められたばかりの大学生にできる最大の贅沢だ。

席に戻った俺はふうっと溜息をついた。今から俺が寝落ちするまで、俺のエロゲプレイを止めるものは何一つとしてない。明日も明後日も休みだ。俺はこの後に迫る甘美な時間に思いを馳せ、自分の幸せを再確認した。

缶ビールを手にする。さっきまで冷蔵庫で冷やしていただけあって、キンキンに冷えていた。昼間の熱気がほんのりとまだ残っている身体に、その冷たさが気持ちいい。

俺は缶のノブに手をかけ、後に控える「プシュッ」という小気味よい音を予期した。その瞬間、俺の行動にストップをかける予期せぬ音が鳴り響いた。


ピンポーン


ドアのチャイムだ。こんな時間に訪問客? Amazonで注文した荷物でも届いたのだろうか? いや、宅急便が9時以降に来ることは無い。いまは10時だ。何かを注文した覚えもないしこの線は無いだろう。それなら知り合いか? これも違う。こんな時間に俺の家を訪問してくる奴なんて一人も思いつかない。とすれば、残るは大家さんか? でもこのアパートの大家さんは6時には別宅に帰るはずだ。俺の電話番号も知っている。直接訪問してくるなんてことは今までになかった。それなら今のは一体なんだ? もしかして、チャイムなんて俺の気のせいだったのでは? 

と、そう思い始めた頃に


ピンポーン


二度目のチャイムが鳴った。
なんだろう。とても不安だ。何者であるにせよ、玄関の前に誰かが居ることは確かだ。部屋の明かりは外からも見えるだろうし、無視する訳にもいかない。俺は頭を回転させながらゆっくりと立ち上がった。リビングから玄関へと繋がる廊下へ出る。俺の部屋は一階だ。酔っ払いや異常者が思いつきで俺の部屋の呼び鈴を押しているのかもしれない。そうでないことを祈りながら、俺はゆるゆると玄関へ近づいていった。すると、何やら話し声が聞こえてきた。


「・・・どんな感じなんだろう。楽しみだね!」

「きっととっても素敵な人に違いないピユ!」


子供? 扉の向こうからは子供らしき者の声が聞こえてきた。片方は声変わり前の男の子。もう片方はやけに甲高い、異常な声質である。こちらは子供というより、人外じみている。アニメ・・・? これはアニメ声だろうか。外から聞こえてきたのは、俺が今からプレイしようとしていたエロゲのヒロインのような、そんな浮き世離れした声だった。


いったい何者だろう。そして、なんの用件で俺の部屋を尋ねてきたのだろう。子供の声に安心した俺は、もう一つの強烈なアニメ声に興味をひかれ、玄関の扉を開けてしまった。


「こんばんわー」


目の前には少年が居た。普通の小学生らしい声だ。


「あ、こんばんわ」


俺が挨拶を返すと、少年は唐突に自己紹介を始めた。


「こんばんわ! 加藤雄太です! 2005年の過去から来ました! 初めまして!」

「あー、はい?」


俺の名前も加藤雄太だ。こいつは俺と同じ名前を名乗りやがった。しかも、なんだ? 後半、なんて言った? いまいち良く理解できなかった。


「ごめん、悪いけど、もう一度言ってくれない?」

「あーそうですね。いきなりですみません! きちんと説明が必要でしたね。実は、ぼく、過去からタイムトラベルしてきたんです」

「タイムトラベル・・・」

「そうです。タイムトラベルです。過去から10年後の未来へ、こうして飛んできました。あなたは未来の僕です! だから、僕は、過去のあなたということになります!」


罰ゲームか何かだろうか。時間旅行者のふりをする、という罰ゲームを実行しているこの少年を、ひそかにのぞき見てはクスクス笑っている連中がどこかに居るのだろうか。俺は玄関から顔を出し、周囲を見回してみた。人の気配は無い。アパートに面した道路も閑散とし、一台の車すら通っていなかった。

とにかく、俺は厄介な事態に直面してしまったらしい。こんな時間に小学生が一体何をしているのだろうか。時間について考えると警察のことも頭をよぎる。できれば面倒はごめんだ。巻き込まれないうちに、さっさと部屋に戻ってしまおう。
そういえば、さっきのアニメ声はどこへいった? この子供の他に、もう一人誰かが居たはずなんだが。

 

「あーわかった。わかったから、もう部屋に戻っていいかな? もう一人いたでしょ? なんか面白い声の奴。俺は部屋に戻るからそいつと一緒に帰りなって。俺も忙しいからさ。じゃあね」

「ま、待つピユ!! 話を聞くピユ!!」


俺が扉を閉めかけた時、その甲高い声は足下から飛んできた。俺が視線を下に向けると、少年の隣にぬいぐるみのような物体が動いている。白くて丸い。そして、その丸っこいぬいぐるみの上からは、ウサギの耳らしき物が2本だけ生えていた。


「ユータには事情があるピユ! だから話を聞くピユよ!」

「な、なんだこれは」


どうも、足下のぬいぐるみじみた物体が、さっきも聞こえていたアニメ声で話しているように思える。まるで生きているみたいだ。喋るぬいぐるみ? 一体これは何なんだろう。

俺は後ずさりしてそいつの全体を眺めて見た。まるで、太ったたうさぎ型のもちを木づちで何度も叩いてから、更に引き延ばしたような造形だ。こちらを見つめている。
俺が硬直していると、ぬいるぐみはまたもや喋りだした。


「戸惑わせるかと思って今まで黙ってたピユ! でもタイムトラベルは本当だピユ! その証拠がピユだピユ! 魔法の力で時を越えてきたんだピユ!」


ピユピユうるさいぬいぐるみが、耳を振り回しながら俺に向かって喋りかけてくる。俺は困惑した。
目の前にあるこの物体に似たものを、俺は今までに見たことが無かった。喋っている姿を見るに、まるで意志を持ち自律して生きているように思える。ロボットだとしてもとんでもない高性能品だろう。見た目にも動きにも、そして聞こえてくる言葉にも、そこには生き物だけが放てる躍動感があった。


「確かにこれはスゴい・・・一体どういうことなんだ?」


俺は少年の方へ顔を向けるとそう問いかけた。少年は呆気に取られたかのように熱弁するぬいぐるみを見ていたが、俺の視線に気付くとすぐにハッとして喋りだした。


「そ、そうですね。こいつは僕の友達のピユ蔵です! 魔法の国からやって来たみたいで、魔法が使えるんですよ。僕たちはつい1ヶ月ほど前に出会いまして、それからは毎日一緒にいるんです」

「なんとなく分かった。分かったけど、これ、なに? 魔法の国? えーっと・・・」


俺は更に混乱した。さっきまで酒を飲みながらエロゲをプレイしようとしていたのだ。いきなり魔法だなんだ言われても、すぐにそれを受け入れることはできない。俺はだまされているのだろうか。いやでも、さっきから耳をパタつかせているぬいぐるみは、どうしても生きているようにしか見えない。


「混乱するのは仕方ないピユ! 大人はいつだってそういう反応をするピユ!! それが未来のユータだったとしても例外ではないピユ!」


物事を筋道たてて考えることに限界を感じた俺は、深呼吸をすることにした。ぬいぐるみから目を逸らして前を向き、深く息を吸う。そして吐く。下を見てみる。ぬいぐるみの奴はまだそこに居た。


「よし、分かった。おっけーだ。把握した。こいつはまあ生きている。ぬいぐるみの様な生き物が存在している。そして俺は、ひとまずそれを認めた。ならばお前らがタイムトラベルをしてきたってのも本当かもしれない」

「そうです! 本当なんです! 僕も初めは信じなかったんですが、魔法という物は存在してるんですよ! 実際、僕もあなたも加藤雄太なんです。小学生の頃を覚えてますか? この前、クラスの崎坂さんと初めて一緒に下校できたんですよ! めちゃくちゃ良い空気でした! 僕ならこのこと覚えてますよね!?」


俺はユータの言葉で急速に記憶が蘇ってくるのを感じた。そうだ。あの頃、具体的な学年は定かじゃないが、プライベートな時間に、人生で初めて女の子と二人きりになれたことがあった。といっても、下校時の帰り道だけだったが。当時の俺は、たったそれだけの事で浮かれてていたように思える。結局、その後はその子と親密になるということもなく、気付いた時には学年が切り替わりクラス替えで別のクラスになってしまった。彼女はどうしたんだっけ。中学には居なかった。そうだ、確か中学受験して遠くの学校へ行ってしまったんだ。
そうか。クラスのあの女の子、崎坂って名前だったっけか。


「覚えてる・・・ような気もする。でもあまり確信は持てないな。俺の方からも質問していい?」

「もちろんです。なんでも答えますよ」

「俺が小学校入学直後、初めてエロ本を拾い、それを隠した場所は?」

「木乃坂公園の隅にある茂み。トイレの横にあって目立たない場所」

「なるほど・・・」


もしかしてマジなのか? こいつが言っていることは正しい。よくよく少年を見てみると、なんとなく昔の俺に似ている気がする。第三者視点で見てみると分からないもんだ。今の俺とは似ても似つかないが、記憶の中の俺と空気が似ている。

生きているようなぬいぐるみと、目の前に居る少年の空気感。それに、俺の最も古い記憶の一つを正確に知っていた事実。これらの情報を総合するに、どうやら俺がおかしな事態に巻き込まれちまったのだけは確かなようだ。

こいつらの言うこと心底信じ切ることはできない。けれども、ここまで話に踏み込んでしまった以上、これを完全に無視するわけにもいかない。正体不明のこいつ等が、俺に何の用事があってここまで来たのか、気になって仕方が無くなってしまった。もしかしたらテレビ局か何かのドッキリなのかもしれない。しかし、海外じゃあるまいし、素人の俺をこんな本格的なドッキリに巻き込むことなんて、今の時代にあるのだろうか。だとしたら何かの宗教勧誘か? それはそれで話のネタになるから聞く価値があるかもしれないが。


俺はひとまず納得したことにし、話の続きを促した。


「お前らの正体は理解した。それで、だとしたら、お前らの用件はなんだ?」

「そ、そうです! 今日はその話がしたくてここまでやってきたんです! エロ本の話なんてしている場合じゃないんですよ!」

「そうだそうだピユ! 大変なことになったんだピユ!」

 

俺は彼らから事件のあらましを聞いた。要するに、過去の俺が一緒に下校した女の子、崎坂さんが悪い連中に連れ去られ、どこかに隔離されているらしい。

「デッドスカルの奴らがまた刺客を送ってきたんだ! ついに崎坂さんにまで手を出しやがった! 許せない!」


ユータが興奮気味に叫んだ。両手を握りしめている。


「そうだ! 許せないピユ! でも今度の刺客は強力ピユ・・・ピユ達2人だけで倒せるか分からないピユ・・・」

「そうなんだ。だから、未来の僕に手伝って貰おうと思って、未来にやってきたんだ」


どうやら話が面倒な方向に進んでいるようだ。

 

「ふーん。で、結局のところ俺はどうすればいいの?」

「一度過去に来て欲しい。そこで崎坂さんの救出を手伝って欲しい。僕たちがデッドスカルを引きつけている間に、崎坂さんを連れ出して欲しいんだ」

「それって結構危険なの?」

「危険かもしれない。けれど、僕たちが奴らをうまく引きつける。だから安心して欲しい」

「ピユユ! 安心するピユ! ピユ達のコンビはデッドスカル掃討率100パーセントだピユ!」

 

マスコットがうるさい。


「というか、それって、俺じゃなくちゃダメなの? 別にわざわざタイムトラベルしてまで俺に頼まなくたってよくない? そんなの、そっちの時代に居る知り合いに頼めばいいじゃん」

「そ、それは・・・こんなこと頼める大人の知り合いは、自分自身以外に居ないんだ。親には頼みづらいし・・・」

「親か・・・」


俺は親のことを思い出した。確かにあんな連中に、こんなことを話しても聞いてくれるとは思えない。子供の話になんて端から聞く耳を持たない人種だ。俺が両親にこんな事情を説明したら、気でも狂ったかと思われて精神病院に連れて行かれるのがオチだろう。


「じゃあ警察で良くないか? そうだ。なぜ警察に頼まないんだ。そんな大変な事件が起こってるなら、警察に頼めばいいだろう」

「それはできないピユ。デッドスカルたちはこの世界と同じ空間には居ないんだピユ。奴らの空間へ飛ぶには、ピユの使う魔法の助けと、触媒として本人の気持ちが必要なんだピユ。つまり、一連の事態を心から納得してる人じゃないと、崎坂さんの捕らわれた空間へ行かせることができないんだピユ」

「つまり、赤の他人である警察は、お前らを信頼しないから助けにならない、ってことか?」

「そうだピユ! 話が早くて助かるピユ!」

「なるほどねぇ・・・」


ずっと玄関で立ち話をしていたので、俺は段々と疲れてきた。要するに、こいつらは俺をどこかへと連れて行きたいらしい。俺はちらっと部屋を振り返った。PCのディスプレイにはさっきまでプレイしようとしていたエロゲーのタイトル画面が、停止した状態で映っている。


「なあ、それって今すぐ行かなくちゃダメなのか? タイムトラベルできるってなら、明日の俺に頼んでくれよ。明日は暇だからさ。さすがに、今からってのはちょっとめんどい」

「今から来て欲しいピユ! タイムトラベルは高コストの魔法だピユ! この後のことも考えると、使う回数は出来る限り少ない方がいいピユ!」

「それならどこかで一泊して、明日の昼にここへ来てくれよ。それまでに準備しておくからさ」

「それならここに泊めて欲しいピユ! お金もないし、今から小学生を一人泊めてくれる場所なんて無いピユ」

 

俺は考える。全く得体の知れない、今日初めて会った正体不明の連中が、部屋に泊めてくれと言っている。そんなの無理に決まってるじゃないか。布団だって一組しかない。部屋にはゴミやら何やら、俺の所有物が無作為に散らばっている。泊めるとしたら、まずはそれらを掃除しなければならない。

そもそも子供とはいえ、見ず知らずの他人だ。確かになにやら大変なようだが、俺に関係があるか、と言われたらあまり無いように思える。ユータが過去の俺、という実感もほとんど無い。そもそも、俺にはユータの記憶が無いのだ。本当にユータの成長した姿が俺だとしたら、俺にも未来の俺を訪問する、という記憶があるはずじゃないか? そうだ。初めからおかしな話だったのだ。俺の記憶に、このピユ蔵だとか、赤崎さんがさらわれたなんて記憶は無い。つまり、目の前のユータと俺は別人だということだ。なんだかバカらしくなってきた。なぜ俺がこんな面倒なことに巻き込まれなきゃならないんだ。


「あー、部屋に泊めるってのはちょっと・・・ていうか、もう話を終わらせて部屋に戻ってもいい?」

「は・・・ピユ? なに言ってるんだピユ! 今までの話、聞いてなかったピユか!」

「だからさ、別に俺じゃ無くたっていいじゃん。その、赤崎さんを連れ出すことくらい、大人じゃなくたって出来るでしょ」

 

俺はユータの方へ向かって話を続けた。


「小学生だって数人居れば十分に可能だよ。大人に頼めなくても、お前の友達に頼めばいいじゃないか」

「それはそうなんだけど・・・」

「だったらなんでそうしないんだ? 俺である必要はないよ」

「その、友達とか・・・居ないし・・・」


そういえばそうだった。こいつには友達が居ないんだった。ユータ、つまり俺は、小学生の頃、誰一人として友達らしき者を持たなかった。一緒に遊ぶ連中は居たが、そいつらが友達かといえば、俺はそうは思っていなかった。彼らに本音を晒したことは一度も無かったからだ。人助けを手伝ってくれ、なんて言える人間は、当時の俺の周りに誰一人として居なかった。


「仲間は居ないのか? そこのほら、マスコットみたいのが居るってことは、同じように魔法を使える奴らが居るってことだろ。そいつらに応援を頼めばいいんじゃ?」

「仲間・・・仲間は居る・・・でも・・・」

「な? 居るってのなら、そいつらに頼め。俺の出番じゃない」

 

一瞬、ユータの表情が固まったように見えた。ピユ蔵はユータの方を心配げに見つめている。

その後、数秒の間があった。ユータは必死に何かを思案しているようだったが、その試みも長くは続かなかったようだ。突然、ユータは感情的に喚きだした。


「・・・ど、どうしてそこまで拒否するんだ! 自分のことじゃないか! 少しくらい手伝ってくれたっていいじゃないか!」

「そうだピユ! 酷いピユ!」


ピユ蔵が空中へ浮かび上がってきた。ユータの頭の横でパタパタと耳らしき部分をはためかせている。こいつ飛べたのか。まあ、魔法を使えるってのなら何でもありかもしれない。ピユ蔵はあくまでユータの味方らしい。俺に対しても不満があるのだろう。

俺は深い溜息をついた。どうしてこんな面倒な事態に巻き込まれてるんだ? もうここで話し始めて30分以上は経ってるんじゃないか? 俺は再び部屋を覗いた。テーブルの上にはエロゲをやりながら飲もうと思っていた缶ビールが置かれている。夏の気温で缶の結露が激しい。さっきまでキンキンに冷えていたビールも、もう生ぬるくなっているに違いない。

 

俺は鎌をかけてみることにした。


「なあ、"仲間"と何かあったのか?」

「う、それは・・・」

「そうか。仲間と仲違いでもしたのか? 図星だろ。それで頼れる奴が居なくなり、俺の元へ逃げてきたってことか? それならやっぱり、俺の出る幕じゃない」

「な、なんでピユ? もう頼れるのは大人のユータ、君しか居ないピユ」

「そういうことじゃない。お前らは逃げてるって言うんだよ。仲間と仲直りする気概も、単独でアクションを起こす勇気もない。簡単に自分たちのことを理解してくれそうで、なおかつすぐに仲間になってくれるような、そんな扱いやすい人間として俺を相談相手に選んだんだ」

「なに言ってるピユ! 全く理解不能ピユ! ピユ達はそんな考えでここに来た訳じゃないピユ!」

 

俺は話を続けた。

 

「正直俺はな、お前らのことが気にくわないんだよ。妙に計算高い。そこがイラつくんだ。まともに話を聞いてくれる人間は俺、つまり未来のユータしか居ない、と計算して俺の元にやってきただろ。その前にやることがあるんじゃないか? 例えば、お前らの友達や身近な大人に相談するとかさ。同年代の友達なら面白半分だとしても手伝ってくれる奴がなかには居るはずだろ。それに、俺がそうだったように、そのマスコットが居れば最低限の信頼を得ることくらい、大人相手でも人を選べばできるんじゃないか? それもやらず、いきなり1番物わかりの良さそうな俺の所へ飛んできて、『人助けをするから手伝ってくれ』だって? 物事がそんなにうまく運ぶと思ったら大間違いだ」

「ピ、ピユ・・・っ!」


どうやら俺は、自分で思っていた以上にこの状況に煩わしさを感じていたようだ。ピユ蔵は困惑したようにこちらを見ている。心なしか耳の羽ばたきがゆっくりになっている。唐突に、早口でまくし立てる俺への驚きを隠しきれていない。だが俺も、流石にもう耐えられない。早いところ部屋に戻りたい。


「もっとなりふり構わず行動しろ。お前らの仲間だって本当はそう願ってるかもしれないだろ? 早くそいつらの元に戻って、手伝ってくれるように頼みこんでみろよ」


俺がそう言うと、何かを考え込むようにユータは下を向いてしまった。俺にも大人げない所があったかもしれないが、いま言ったのが俺の本音なのだろう。いつまでもオブラートに包んだ会話を続けていても仕方が無い。本音によってのみ、議論の進展は可能なのだ。

 

俺が喋り終えてから、ユータは何かをブツブツと呟き続けていた。その様子を見て俺が少しだけ不安を感じていると、ユータは唐突に大声を出した。


「そうか・・・そうだったのか!」


上を向いたユータの顔は晴れやかなものになっていた。


「僕は逃げていたんだ。逃げて逃げて、目の前の事態から逃げ出して、それでタイムトラベルなんて言い出したんだ。ピユ蔵に、未来に行って未来の自分に助けてもらうっていうアイディアを話したのは僕なんだ。だから、いま言われてみて初めて気付けた。僕にはまだ、自分の力でやれることがたくさん残ってるんだ。ありがとう未来の僕。やっぱり僕のことを1番良く分かるのは僕自身なんだね」


どうやら俺の言葉に納得してしまったようだ。流石は俺自身である。根本的な部分での価値観は変わってないらしい。


「ゆ、ユータ・・・騙されてるピユ! こんなの違うピユ! ただの詭弁だピユ!!」


ユータはもう大丈夫だ。俺に頼らずに自分一人で頑張ってくれることだろう。あとはピユ蔵だ。こいつを帰らせれば俺は部屋に戻れる。


「そもそもピユ蔵。元はといえばお前が悪いんだよ」

「いきなり何を言い出すピユ!」


俺はピユ蔵を無視して続けた。


「俺にはお前みたいなぬいぐるみを連れ歩いた記憶は無い。考えてもみろ。これっておかしくないか? もし、本当にタイムトラベルをしてお前らが過去からやってきたと仮定すると、つまり俺とユータが本当に同一人物だと仮定すると、俺にはお前の記憶があるはずだろう。けれども、俺にはその記憶がない。この時点でお前らの言い分には不備があるんだよ」

 

俺は一息つき、更に続けた。

 

「だが、百歩譲って、本当にお前らがタイムトラベルしてきたとしよう。そうだとしたら、俺にお前の記憶が無い事実はどう説明できるか。答えは簡単だ。俺とユータは、違う世界線に属している別人だってことだ。ピユ蔵、」

 

俺はピユ蔵を真正面から見つめる。


「お前と出会った世界線の俺がユータだとすれば、俺はお前と出会わなかった世界線のユータだ。お前さえ居なければ、俺は平穏無事に人生を生き、こうして普通の大学生として生活できるようになるんだ。お前が現れた場合、俺は面倒な事態に巻き込まれ、あげくの果てに崎坂さんがさらわれるなんてことが起きてしまう。つまり、崎坂さんが連れ去られた原因は、お前にあるってことだよ」

「ぴ・・・」

 

ピユ蔵は凍り付いてしまった。流石に言いすぎただろうか。


「でもな、ピユ蔵、それって裏を返せば、お前がユータの世話を頑張らなきゃならないってことだ。お前とユータが力を合わせることで、今までだって悪い連中を撃退してきたんだろ? 今回も同じことをすればいいだけだ。俺なんかに頼る必要なんてない。お前らの仲間だって、二人で必死に頼めば心を入れ替えてくれるんじゃないか?」

「ピユ・・・」

「そうだよピユ蔵! 僕たちにはまだやってないことがたくさんあるんだ! 早く戻って動き出さなくちゃ!」

 

ユータがはしゃいでいる。どうやら心の内は決まったようだ。俺が何か言わずとも、もう大丈夫だろう。


「な、ピユ蔵。俺の言うことにだって一理ある。だからここは、お前が頑張ってくれ。考えればまだチャンスはあるはずだ。それに、タイムトラベルまでして俺にここで会えたのも、まったくの無駄ってわけじゃ無かったろ?」


俺はユータの方をチラッと見た。ピユ蔵もそれにつられ、ユータを見つめる。ピユ蔵はまだ何か不満があるようだったが、ユータを見て諦めたようだ。こちらに向きなおり、淡々とした口調で喋りだした。


「確かにお前の言うことには一理あるピユ。だから、今日のところは過去に戻るピユ。でも、やっぱり納得がいかないピユ。この10年間でユータに何があったピユ? 人間という生き物はここまで変わる物なのか・・・ピユ」

「失礼な奴だ。なんでもいいから、早くそいつを連れて帰れよ。俺にだって用事があるんだ」

「そうだよ。もう帰ろうピユ蔵。僕は僕で、キミの魔法に頼らずに頑張ってみるよ」

「分かったピユ・・・もう帰るピユ。それじゃ、10年後のユータ、さよならピユ」

「おう、それじゃな。頑張れよ」

 

ユータは最後に「ありがとうございました」と言い残して、笑顔で駅の方角へ帰っていった。ピユ蔵はその隣をピョコピョコと移動している。俺はそんな彼らの後ろ姿を見ながら、少し落胆していた。魔方陣のような物が現れ、目の前で消え去るとかもしれないとひそかに考えていたからだ。

俺は玄関の扉を締め鍵をかけると部屋に戻った。PCデスクに座る。ディスプレイの中から二次元の女の子が微笑んでくる。案の定、ビールの缶を開けて飲んでみると生ぬるい味がした。飲んでから、冷蔵庫の中にある冷えたビールを開ければ良かったことに気づき、ドッと疲れが出た。そしてふと、疑問が浮かんだ。


彼らは仲間とやらと協力し、うまいこと崎坂さんを助けられるんだろうか。そして、この事件がきっかけとなり崎坂さんとユータが仲良くなったりするんだろうか。


いや、待て。タイムトラベルなんて馬鹿げている。あんな得体の知れない連中の話を鵜呑みにするわけにはいかない。けれども、あの生きているようにしか見えないピユ蔵にしろ、話への熱の入り方にしろ、彼らがただ、俺をバカにするために用意されたドッキリだとはどうしても思えない。


だとしたらあの連中は一体何者だったのだろう? 本当に魔法を使う連中だったのか?


まあ考えても仕方が無い。俺と彼らは所詮、別々の人間なのだ。彼らには彼らの舞台があるし、俺には俺の生活がある。俺は、今の俺にできる最大限のことをやれたはずだ。彼らが本物であるにせよ偽物であるにせよ、俺にできることは初めからこの程度のものだったのだ。


俺はヘッドホンを装着すると、一呼吸を置いてからマウスに手をかけ、エロゲーのタイトル画面にカーソルを滑らせた。俺の週末はまだ始まったばかりだ。

 

fin